のんびり寄り道人生

何とかなるでしょ。のんびり生きましょう

児童福祉施設の幼児たち

 かねてより検討を重ねてきた養育里親の認定前研修(実習)として、ある児童福祉施設に行ってきた。

 初日に施設長と笑顔の絶えないマネージャー女性から、里親希望のもう一組の夫婦と共に、簡単なレクチャーを受けたあと、早速4〜6歳の幼児たち7名が暮らす居住スペースに移動した。担当職員から「おきゃくさんだよ〜」と紹介されたので、にっこり笑顔で幼児たちの輪に入って行った。見慣れないおばさんの出現に、幼児たちも多少の戸惑いと好奇心を隠せない様子だったが、自治体の研修施設として利用されているくらいだから、ある程度”おきゃくさん”には慣れているのだろう。こちらから一人ひとりに挨拶すると、ちゃんと名前と年齢を言ってくれた。

 事前レクチャーで「はっきり言います。ほとんどの子供たちは虐待を受けて入所しています」と聞いていたので、やや緊張気味に臨んだのだが、やはり幼児たちは全てが愛らしく、こちらの好意も通じたようで程なく懐いてくれた。

 「お外で遊ぼう〜」と女児に手を引っ張られた。虫取り、ボール遊び、鬼ごっこ、三輪車押し、滑り台でのクイズ遊びなどに付き合った。疲れきって室内に戻ると、私が身につけているイヤリングに女児たちは興味津々で「痛くなぁい?わたしにもつけてえ〜」とせがんできた。順番にイヤリングをつけてあげると、キャッキャッと喜んで鏡を見ていた(ちなみに男児は「痛そう…」と言って嫌がった)。

 オモチャ遊びに飽きた頃、床に落ちていた紙切れの裏にクマのぬいぐるみの絵をササッと描いてあげたら、あっという間に幼児たちに取り囲まれた。小麦色に焼けた健康的な肌が親しげにじゃれてくる。すかさず一人の女児が色鉛筆で緑色に塗ってくれた。(ちなみに、この子は職員に描いてもらった似顔絵を大切に仕舞っていて、自分の宝物だと見せてくれた)

 古いエアコンが一台、フル稼働しているものの、さすがに全室を冷やすにはパワー不足だ。雨があがったばかりで、室内は相当蒸し暑い。女児たちの長い髪は汗に濡れてベッタリ頭に張り付いている。慣れない手つきで髪を結ってあげたのだが、(リボンの付け心地が悪いのか)リボンはすぐに外され、また結わうという”リボン遊び”を繰り返すはめになった…。

 皆まだまだ甘えたい年齢である。「抱っこ〜」と甘えてきた女児を両手で抱っこしてあげたら、後ろから、横から次々と抱きつかれ、親子のような温かいスキンシップを楽しんだ。正面から抱っこしていた女児が私のTシャツを引っ張りながら「おっぱい見えた〜」と、にこにこ笑う。小さな可愛いお尻が痛みのある脚の上に乗っかって、時折動く。動くたびにズキッと痛みが走るのだが、「ううっ」と呻きながらも『小さな里子を受け入れたら毎日がこのような生活なのだなぁ』と、しみじみ実感した。

 一組の姉弟が一緒に入所していた。第一声で思わず「あまり顔は似てないねぇ〜」と余計な一言を発してしまったのだが、自分から身の上についていろいろ話してくれた。どうやら同じ施設(別の部屋)に年長の兄や姉らも入所しているらしかった。「私のお母さん、すごいでしょう。○○って言うんだよ〜」と、女児はたくさんの兄弟を産んだ母の名前を、誇らしげに教えてくれた。お昼には祖父がやってきて外食に連れて行ってもらえるらしく、周囲に自慢するかのように大声で「昼食は皆と一緒に食べないんだ!」と言いふらしていた。

 中には、軽度の自閉症の子やダウン症の子もいた。接してみると二人とも心優しく、とても素直だ。コミュニケーションが苦手なので、なかなか他の子供たちとは交われない様子だったが、二人だけだと気が楽なのか、じゃれ合っている姿が実に微笑ましかった。

 だが彼らが一般社会に放たれる将来のことを思うと、やはり暗い気分になる…。彼らがここを巣立つ頃には、彼らの個性として”ありのまま”を許容するような社会になっているのだろうか?そんな率直な感想を担当職員の前でつぶやいたところ、「私達は今、現在のことだけを考えるようにしています…」とのことだった。先々の心配までしていられないくらい現状の対応で精一杯ということなのか、あるいは私と同様、彼らの将来を考えるとネガティブになるから考えないということなのか、真意は定かでなかったが、それ以上問うことは止めた。

 ここでは大人(職員等)の愛情の奪い合いと、オモチャなどの所有権争いが日常茶飯事だ。もちろん、それは一般家庭でも同じなのだろうが、やはり「自分だけ」の所有を実感できない(いくら所有物に名前を書いていても誰かに貸さざるをえない状況が頻繁に起こる。シェアが基本なのだ)、あるいは「自分だけ」のスペースや逃げ場所がないことによる”心理的な不安定感”やストレスがあるのではないだろうか?わりと頻繁に、ちょっとしたいざこざが”組み合わせ”を変えながら、あちこちで起きていた。担当の施設職員が親代わりとなって愛情豊かに接しているとはいえ、現実的にはシフト勤務によって毎日そばにいる大人が変わる。それでも、そんな”大人の都合”にも子供たちはちゃんと適応していて『今晩の当直は○○先生だから夜遅くまで起きていても怒られない』などと分かっているそうだ。担当職員が誰かによって子供たちの”振る舞い方”も相当変わるらしい。

 最低限の衣食住が保証されている中、『いつ親は迎えに来てくれるのだろう?』と、施設を出る日を心待ちにしている子もいれば、乳児院からずっと施設で育っていて、そういう”感情”すら持たない子もいる。家族から買ってもらった沢山のオモチャが引き出しからあふれている子もいれば、ほとんどオモチャらしきものを持たず、常に「○○ちゃん、☓☓かしてぇ〜」と借りてばかりの子もいる。まるでピノコのような話し方をする最年少の子は大人の顔色を敏感に伺いながら見事な自己アピールで大人のハートをガッチリつかむ。一方、自分の感情を言葉でも行動でもうまく表現できず、思い通りにならないものだから、いつも不機嫌で怒ってばかりの子もいる。積極的に大人の気を引こうとする最年長の”構ってちゃん”もいれば、他の子に捕まった大人が解放されるまで”機を見る子”もいる。一般家庭に育つ幼児たちに見られる当たり前の傾向も、ここでは少し過剰な形で露出されているような印象を受けた。いわゆる”可哀想な子”という先入観はなるべく持たないようにしていたからかもしれないが、幼児たちの多様な”生きる戦略”を目の当たりにして、むしろ感銘を受けた。大人にできるのは、彼らの”生きる力”をサポートすることだけだろう。

 幼児たちが昼寝をしている間、手の空いた職員たちに率直な疑問を投げてみた。「どうして里子に関わる巷の情報はキレイゴトばかりなんでしょうね?現場は全然違うでしょう?」先程まで幼児たちを巧みに仕切っていた男性職員が大きくうなずいた。さすがに里親候補に向かって、ぶっちゃけトークは憚れるのだろう。言葉を慎重に選びながらもポツリ、ポツリと本音を話してくれた。

 限られた福祉予算、そして施設の職員数が恒常的に不足している中、休憩なしで8時間ぶっ通しで勤務する日がシフトに組み込まれているという。(恐らく教育方針の異なる大人たちに気遣いながら運営することが大変なのだろう)保育ボランティアを希望する人々は一定数いるものの、組織的に受け入れる体制は整えていないらしい。老朽化した建物にも関わらず入所希望者は増えていて、キャパシティオーバーにより一時的な受け入れなども最小限にとどめているそうだ。事務的な雑用などもあって、施設の職員が子供たち一人ひとりと十分に関わっていく余裕は体力的にも時間的にもなさそうだった。また縦割り行政の弊害や現場を知らない役人との折衝にも不満をにじませていた。結論として、施設では限界があるので、里親家庭の方がよりきめ細やかな対応で保育ができる、新しい里親制度に期待しているとのことだった。

 子育て経験のない自分に果たして養育里親という大役が務まるかどうか…、それ以前に里親登録をしても適格審査を通過するかどうか…審査を通過しても実親の許諾が得られるだろうか…いろいろと不確定要素はあるものの、まずは短期的な受け入れ(例:週末だけ預かる)からスタートしようと考えている。以前、ブログにも書いたが、里子を取り巻く問題は山積している。ただ、あまり気負いすぎると自分がしんどくなって、結果的に子供たちにも悪影響を与えかねないので、とりあえず「”猫の手”でよければ貸します」という”看板”を出してみることにした。先のことは、その時に考えればよい。

 ちょっと心に残った場面がある。

 研修初日に女児らが「いつまでここにいるの?」と聞いてきたので、最終日を伝えていた。そしていざその日を迎えたところ、彼女たちは事前に”心積もり”ができていたのだろう。最後は、こちらが少し寂しく感じるくらい”あっさりしたお別れ”であった。

 一方、男児らは事前にそんな質問をしてこなかったので、彼らにとっては”突然のお別れ”になってしまった。こちらからバイバイと手を振っても、お別れの時間を何とか引き伸ばそうと、飼っている昆虫が入った虫かごを持って見せにきたり、話をやめようとしない。黙ったまま玄関で立ちすくんでいる子もいた。

 性差なのか?わりと現実的な女の性は”あっぱれ”である。しかし母性のゆえか、男のこういうところには萌えるんだなぁ。(ちなみに施設職員に女児の行動を感心しながら報告すると、哀れみ深い表情で「十分に甘えることを知らない子は可哀想ですね…。甘える時間を逆算するような行動は問題ですよ…」と言っていた。『そ、そうですか?女って、そういうところあるでしょ?』と思ったが、”聖母”の前ではとても言えなかった)

 

2017年8月1日追記ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日、届いた里親研修「修了証書」と、このニュース。とっても背中を押されてる気分。

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