のんびり寄り道人生

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姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』

 姫野カオルコ・著『彼女は頭が悪いから』を読んだ。

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(以下、文藝春秋BOOKS「内容紹介」より)

深夜のマンションで起こった東大生5人による強制わいせつ事件。非難されたのはなぜか被害者の女子大生だった。(略)被害者の美咲がなぜ、「前途ある東大生より、バカ大学のおまえが逮捕されたほうが日本に有益」「この女、被害者じゃなくて、自称被害者です。尻軽の勘違い女です」とまで、ネットで叩かれなければならなかったのか。「わいせつ事件」の背景に隠された、学歴格差、スクールカースト、男女のコンプレックス、理系VS文系……。内なる日本人の差別意識をえぐり、とことん切なくて胸が苦しくなる「事実を越えた真実」。

 ジョン・エヴァレット・ミレイによる絵画作品《木こりの娘》の装幀が暗喩的だ。本作は、酒に酔わせた女性にわいせつな行為をしたとして東大生ら3人が起訴された集団強制わいせつ事件に着想を得た書き下ろし小説である。「タイトル」もさることながら「プロローグ」は初っ端から読者を選ぶ。(以下、同書「プロローグ」より)

 いやらしい犯罪が報じられると、いやらしく知りたがる。

 被害者はどんないやらしいことをされたのだろう、されたことを知りたい、と。

 報道とか、批判とか、世に問うとか、そういう名分を得て、無慈悲な好奇を満たす番組や記事がプロダクトされる。

 なれば、ともに加害者と同じである。

 2016年春に豊島区巣鴨で、東京大学の男子学生が5人、逮捕された。5人で1人の女子大生を輪姦した・・・ように伝わった。好奇をぐらぐら沸騰させた世人が大勢いた。

 これからこのできごとについて綴るが、まず言っておく。この先には、卑猥な好奇を満たす話はいっさいない。(略)

 とくにどうということのない日常の数年が、不運な背景となったといえる。

 5人が逮捕された罪名は強制わいせつ。ニュースを報道する画面に、視聴者からのツイッターコメントが出た。(略)

【被害者の女、勘違いしてたことを反省する機会を与えてもらったと思うべき】

 勘違い。

 勘違いとはなにか?

 被害者は世間から”東大生を狙う勘違い女”として相当バッシングされたようだ。SNS時代にあって、その影響は計り知れないのだろう。本書の発刊により忌まわしい事件の記憶が再び被害者を苦しめることがなければよいのだが、、、ただ本書がいくら被害女性の”正当性”を説こうと、今後も(エリート大に限らず)大学生の不祥事は後を絶たないだろう。多くの大学生たちにとって(人間の成長過程として当然起こりうる)性(ジェンダー)が開放される時期だからだ。

 久しぶりに大学生で初めて行った飲み会を思い出した。幼い頃、お酒に飲まれてしまった大人の”哀れな死”に立ち会っているせいか、いくら合法的にお酒が飲める年齢に達しても、とりわけ喜びは感じなかった。ただ受験地獄からの解放感と『コンパってどんなもの?』という好奇心に突き動かされ、同じゼミ生たちが集まる”ただの飲み会”に参加した。

 安い居酒屋の個室に同学年の男女が集り、まったりおしゃべりを楽しんだ。お酒や料理はとりたてて美味しくはなかったのだが、飲み放題の安酒はさておき、皿に盛られた料理の量では食べ盛りの学生たちのお腹を満たせない。一応”女子”の可憐さが残っている歳だったので、中途半端に残った料理を平らげることは控えた。グラスが空になると(頼んでもいないのに)次々ビールが注がれた。慣れない状況で、楽しさ以上に気疲れの方が多かったが、お酒の”チカラ”を借りて普段は寡黙な人が饒舌に話す姿を見ていると微笑ましかった。たまになら”飲みにケーション”も悪くないと思った。

 だが、早く帰りたいのは自分だけだったようで、他の女子を含め誰も席を立とうとはしない。そしてアルコールの影響なのか、やたらとまぶたが重くなってくる。(今なら『まさか睡眠薬?』といぶかるが、当時の私は『眠くなるのはアルコールの一作用』と思ったし、実際そうだった)。

 さらに時間が経った。赤ら顔の酔っ払いどうしで妙に盛り上がっており、エンドレスで続く”オチ”のない話にも、そろそろ飽きてきた頃、意を決してスクッと立ち上がった。周囲に「眠いので先に帰るね」と言った。だが、終電を気にする必要もないアパートで一人暮らしをしていることは皆に知られていた上、「こんな夜中に女子大生が一人で帰るのは危ないよ。後で家まで送るから」と男子学生に説得された。そしてなぜか一人の男子学生に膝枕を促されて、彼の膝を借りて仮眠することになってしまった。。

 当時の私は『えっ?膝枕??別にここは畳の部屋だし枕なんか要らんけどなぁ…』と驚きつつ、『まぁ、親切心で言ってくれているんだろうし、ここで断ったら彼の下心を疑うようだしなぁ。。こんなことで場が凍って気まずくなって次のゼミからやりづらいのは、もっと嫌だなぁ…』と、あまり乗り気ではなかったものの自分なりに”空気”を読んだ。だが、家族以外、幼児以来の膝枕である・・・。慣れない不自然さに耐えかねて、だんだん酔いも冷めて行き、むしろ意識が冴えてしまった。だが、起き上がるのも面倒くさかったので寝たふりを続けた。閉店に伴う解散によってようやく解放された。

 幸い、当時一緒に飲んだ男子学生たちが”紳士”であったため身の危険は感じなかったが、もしメンバーや状況が違っていたら、私もSNS等で”自業自得の被害者”として叩かれたかもしれない。そういう意味で被害女性の”甘さ”を私は非難できない。 

 だが、これまで見てきた経験から一流大学(院)のエリート学生(卒業生)の思考や行動を思うと、本書に登場する男子学生の言動(行動様式)に、あまり実在感を感じなかった。まぁ、エリートにもいろんなエリートがいるわけで一括りにする方が無理だということは承知の上であえて言うと、グッと入っていける作品には必ずと言っていいほど『あぁ、こういう人いるなぁ。こういうことあるなぁ』という、”いるいる”体験、”あるある”体験が付き物なのだが、本書は徹頭徹尾、被害女性に寄り添った視点で貫かれているせいか、加害者(サイコパス)側の心理があまりうまく描写されておらず残念だった。穿った見方だけど、青山学院大学を卒業した筆者にも似たような経験があったのかもしれない。以下の著者インタビューを読むと、過剰過ぎるほどの当事者意識を感じるし、まだ苦しみから脱していないようにも思える。

(以下、文藝春秋BOOKS<姫野カオルコインタビュー>より)

「加害者たちは法的な裁きを受けているし、事件そのものについて私が何か言うべきではないと思っています。これは完全なフィクションです。

 この小説を書いている間、ずっと嫌な気持ちでした。自分の中の嫌なものを鏡に映されるような気がしたんです。だから、これは“ミラー小説”なんです。鏡で自分のおできを見たら嫌な気持ちになるのに、すごく気になって見てしまう感じと同じです」

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 本書の”反響”が、この東大でのブックトークイベントにつながったようだが、告知を見た(元)東大生を苦笑させて終わり、あるいは不快にさせて終わりというのでは勿体ない。主催側の力量が問われるセンシティブなイベントだったことと思う。どういった人たちが参加したのかが気になるが、このような好奇こそ著者が一蹴する「いやらしく知りたがる」心情なのだろう。

 いろいろ脱線してしまったが、話を2016年の事件当時に戻す。被害を受けた後、被害者は110番通報した。若い女性が泣き寝入りすることなく、賢明な判断をタイムリーに下した。彼女の最後の行動は心から立派だと思う。もし若き日の自分が当事者であったならば、果たしてどんな行動をとったのだろう?世間の同情をもらえるほど”正しく”行動できただろうか?あまりに世間知らずで長くやってきたため甚だ自信はないが、泣き寝入りだけはしてないと信じたい。

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