のんびり寄り道人生

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ある日の憲法記念日

 2017年4月30日に放送されたNHKスペシャル 「憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた」を観た。(以下、番組ホームページの番組内容より引用)

日本国憲法の施行から70年。平和主義の出発点が新たな資料で明らかになった。昭和20年9月、昭和天皇勅語で平和国家の確立を明らかにした。しかし、GHQ草案の条文には平和の文字はなかった。その後、衆議院の小委員会で鈴木義男議員の発言を機に議論があり「国際平和を誠実に希求」する条文が第九条に盛り込まれたことが明らかになった。番組では速記録をもとに小委員会をドラマで再現。“平和国家”誕生の舞台裏に迫る。

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やや”独自スクープ”感が鼻につくが、さすがは現代史番組の第一人者、NHK塩田純プロデューサーが作った番組だ。難しいことを素人にも”分かった”気にさせてくれる丁寧な構成だ。

 しかし本作は、日本国憲法の成立過程においてGHQ草案を受けた、衆議院の小委員会にクローズアップした内容であり、タイトルどおりの全体像はいまいち見えてこない。そこで事実関係を整理しようと、過去のNHK総合・教育テレビの番組(動画)を、いくつか観てみたところ、2007年2月10日に放送されたETV特集「焼け跡から生まれた憲法草案」の内容が、とても興味深かった。(ちなみに、こちらも塩田純氏が制作統括を務めている)。

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 本作はGHQ草案にも多大な影響を与えたとされる民間人グループ(とは言っても思想統制によって大学を追われた学者などが主要な構成員である)に焦点を当てたヒューマンドキュメンタリーだ。彼らは明治憲法に代わる新しい憲法の必要性を確信して、敗戦後間もなく(3ヶ月で)憲法研究会を立ち上げたそうだ。きっと戦争の最中も勝ち目のない負け戦を冷ややかに観ていた識者たちであったのだろう。そんな彼らだったからこそ、敗戦ムードが漂う中、「いよいよ自分たちの出番だ!」とスタートダッシュできたのかもしれない。まずは志を同じくする”優秀な”仲間を集め、互いに丁寧な議論を積み重ね、新しい”憲法草案”を発表した。それは瞬く間に世間で評判となりGHQの民政局にまで届き、やがて日本国憲法GHQ草案)の骨格を成すことになる。そして彼らのうち何人かは政界進出を果たし、新しい国づくりにおいて、さらに活躍することになる。本番組も歴史検証の限界から多少の脚色はあるのだろうが、真の知的エリートかつ革命家(マルクス主義者)を見た気がした。

 ちなみに、これまで憲法記念日に放送される憲法関連の番組は、正直あまり頭に入ってこなかった。大体は分かるものの細部の理解で詰まる。聞き慣れない難しい言葉がいくつも続くと、それだけで思考停止になってしまい、「結局、平和が大切なんでしょ」と、結論をまるめてしまうのだ。終戦の日の特別放送にも言えることだが、いくら人間にとって普遍的で、忘れてはならない概念だとしても、同じことを同じやり方で繰り返し”説得”されても、”説得”されている方は、”胸焼け”気味になるだけである。毎日の献立作りで苦労している方々同様、こういった番組の制作者の皆さんも毎年、手を変え、品を変え、いろいろ工夫&苦労されているのだろう。おかげさまで『少し興味はあるけれど、ちょっと難しそうだな…』と尻込みをしながらも、何とか”難しいこと”が”難しくない”と思えるレベルになった。

 また、2007年4月29日に放送されたNHKスペシャル日本国憲法 誕生」も大変興味深かった。こちらは先の2番組とは違って、日本国憲法成立の全体像を理解するのに役立った。

 

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 今日は憲法記念日ということで、内田樹先生ほか多数の関連インタビュー記事も併せ読んだため、パソコンの前でアッという間に日が暮れてしまった。。昨日の衆議院法務委員会も相変わらずの安倍政権(自民党)の強行的なやり方で流会となってしまったようだ。

 また安倍首相によると、改憲時期も機が熟したらしい。

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 現政権のあまりの酷さが念頭にあるのだろう。藤井正希(群馬大学)准教授のメッセージに大いに共感を覚えた。以下、法学館憲法研究所「今週の一言」「憲法改正について改めて考える 〜 日本国憲法施行70周年を迎えて」より一部抜粋。(太字・下線は引用者)

今、本当に憲法を改正するべきなのでしょうか。(略)
 憲法改正を支持する人びとはその理由として例えばつぎのような点をあげています。「世界の国ぐには、時代の要請に即した形で憲法を改正しています。主要国を見ても、戦後の改正回数は、アメリカが6回、フランスが27回、イタリアは15回、ドイツに至っては58回も憲法改正を行なっています。しかし、日本は戦後一度として改正していません」。(略)
 しかし、フランス人権宣言にもある通り、憲法は人権の保障と統治の機構を定めるものであり、その眼目は、専断的な権力を制限して、国民の権利・自由を保障することを目的に、憲法にもとづいて政治を行わせることにあります(これを近代立憲主義と言います)。すなわち、憲法は、国民の権利・自由を保障するために、政治権力を縛るためのものなのです。この近代立憲主義が、政治権力と血を流して闘いながら100年以上の時間をかけて市民が勝ち取った人類普遍の共通原理であることは疑うべくもない歴史的事実です。よって、憲法で国民に保障された人権保障を切り下げる方向で、また、憲法により権力に課せられた縛りを緩める方向で憲法改正をすることは原則的に許されるべきではありませんし、少なくとも先進国でそのような憲法改正がなされたことは皆無に等しいのです。憲法改正はその回数よりも、その方向性に注意が払われなければならないことには注意が必要です。
 イギリスでは1215年のマグナ・カルタ(大憲章)、1628年の権利請願、1689年の権利章典が、フランスでは1789年の人権宣言が、ともに憲法を構成する重要な基本法として今でもその効力を保っていますし、さらにアメリカでは1776年の独立宣言の理念が、そのまま合衆国憲法に継承されて今でも生き続けています。このように、100年たっても200年たっても変わってはならない普遍的価値を書き込むのが、国家の根本法で最高法規たる憲法なのです。(略)

 もちろん私も憲法改正が絶対に許されないものと考えている訳ではありません。日本国憲法も不磨の大典ではないのですから、必要に応じた憲法改正はあって然るべきです。だからこそ日本国憲法には改憲規定があるのです(96条)。例えば、知る権利やプライバシー権、環境権等の新しい人権、あるいは、自衛隊の位置づけや役割、原則(例えば専守防衛の原則)については、ゆくゆくは憲法に明記するべきだと私も考えています。しかし、それをいつ、誰に、どのような政治状況でやらせるかは別個、慎重な判断が必要です。私は、戦後の日本の経済成長、技術立国・文化立国としての成功は、今の日本国憲法のおかげだと考えています。私は、日本国憲法が大好きですし、世界一素晴らしい憲法だと思っています。少なくとも、「今の憲法は、アメリカに押しつけられたとんでもない憲法だから、さっさと変えなければだめだ」と主張する人びとに憲法改正を任せる訳にはいきません。今の憲法の価値や有用性を十分に理解している人に改正を任せなければ、良い憲法になるはずがなく、憲法の改悪にしかならないからです。 

全文はこちら

 

(5/23追記)

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