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のんびり寄り道人生

何とかなるでしょ。のんびり生きましょう

怖いくらい通じるカタカナ英語の法則

 池谷裕二著『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』を読んだ。

bluebacks.kodansha.co.jp

 池谷 ( いけがや)氏は東京大学・薬学部の若き教授(1970年生まれ)で、主に脳科学に関する著書を、一般的な読者でも理解し易い文体で数多く綴っている。

 

『進化しすぎた脳』(池谷裕二):ブルーバックス|講談社BOOK倶楽部

『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二):ブルーバックス|講談社BOOK倶楽部

池谷裕二、糸井重里 『海馬―脳は疲れない―』 | 新潮社

 

 最初、本書を見た時、池谷氏が脳科学以外の分野について本を上梓していたので、『よほど英語にも自信があるのだなぁ』と早合点した。だが「はじめに」を読むと、そういう類の本ではないことが分かった。(以下、『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』の「まえがき」より一部抜粋。以降、同じ)

 この本は、私がアメリカに留学していた頃に偶然生まれた何気ないアイデアに端を発して書かれたものです。

 アメリカに渡ったのは2002年の12月。当時の私を迎え入れたマンハッタンの街並みは華やかなクリスマスイルミネーションで飾られていました。(略)しかし、そんな浮遊感も束の間、華麗なニューヨークの街並みとは対照的に、しだいに私の心は零下10℃にもなろうかという外気温と共に沈鬱してゆきました。

 理由は──。そう、言語の壁でした。話したことが通じないのはおろか、相手の話す内容がさっぱり理解できなかったのです。
 中学・高校と手を抜くことなく英語を勉強してきましたが、英語という科目は当時から学期テストで足を引っ張る苦手教科でした。実用英語技能検定(いわゆる英検)は今でも4級のままですし、TOEFLTOEICは一度も受験したことはありません。英会話スクールなんて、下手な英語がクラス仲間に露呈するのが恥ずかしくて、通おうと考えたことさえない。それが留学前の私でした。

 もちろん、そんな英語力では現場で歯が立つわけがありません。地下鉄の乗り方もわからない。注文しても希望の料理が出てこない。道を尋ねても私の英語を聞き取ってもらえない。たとえ、かろうじて通じても、せっかくの返答を聞き取ることもできず、私にできることといえば不気味な作り笑顔を返すことだけ。レジでは言われた値段と違う金額を払ってしまう。銀行の窓口では全く相手にされない。タクシーには乗せてさえもらえないという屈辱も受けました。

 アパートの契約、電気・ガスの開通、電話回線の開設、テレビの契約。飛び込めばなんとかなるだろうという楽観的な憶測は見事にうらぎられ、プライドも完全に崩れてしまいました。いま考えれば、そんな人間がいきなりアメリカで最先端の脳研究を展開しようなど、無謀な計画にほかなりませんでした。

 悶々として送る日々。1ヵ月、半年、1年……容赦なく月日は経ちます。そんなある日、ふと気づいたことがありました。ここからがストーリーの始まりです。

 つまり英語ができない人(池谷氏)が「実践に基づいた経験則=カタカナ発音の法則」を、英語ができない人(読者)に伝授する目的で書いたのが本書なのだ。私のような”冷やかし”目的の読者にとっては、むしろ最後のパートに書かれた「理論編」が最新の脳科学の知見に基づいた”仮説”として興味深かったのだが、池谷氏にとっては、そのパートは”ほんのオマケのようなもの”だという。一流の研究者(しかも東大教授というエリート)が格好つけることなく、自らの短所をさらけ出すとは!池谷氏の啓蒙熱に脱帽する。

もちろん私は英語の教師でもなければ、英語のための特別な教育を受けてきたわけでもありません。それどころか、私がアメリカに住んだのはほんの2年半にすぎません。英語での会話なんて正直まだまだです。むしろ今でも英会話は苦手で、できれば避けて通りたいところです。しかし、私には、英語について、とりわけ英語の発音について人並み以上に真剣に考えてきた自負があります。もちろん、これから本書で述べる発音方法は、カタカナを振り当てている以上、完璧な英語の発音というわけにはゆきません。しかし「日本人が英米人に英語を通じさせる」という観点に立てば、より適化された方法だと確信しています。(略)
 この本には、学校の授業でしか英語を習ってこなかった人はびっくりするような内容が含まれていることでしょう。従来のどんな教科書とも、またプロの教師が教える洗練されたノウハウとも異なった、英語初心者のための実用的な克服法です。だから今までの発音の知識を一旦リセットして欲しいと思います。先入観は新しいことを学習する妨げにもなります。

 今更遅いが、洋楽の歌詞カードに書かれた、学校で習った英語の”文字”と、耳から聞こえてくる英語の”発音”の違いに訳わからず戸惑っていた中学生の頃の自分に、ぜひとも本書を読ませてあげたかった。昔から似たような”カタカナ英語”を勧める本はあるが、何だかそんなのは”邪道”のような気がして本気で読むことはなかった。「池谷氏の経験則+池谷氏のネイティブの友人たちによる強力なサポート+脳科学的知見」によって本書は生まれた。ブルーバックスシリーズという入門編に相応しい1冊によって、英会話の初心者たちがネイティブの発音を前に怯むことなく挑んでいけることを願う(私も決して他人事ではないのだが…)。

 ちなみに私が英語を習っていた頃は(失礼ながら)日本人先生の発音がひど過ぎて、正確な発音は発音記号に頼るほかなかった。だが、同じ発音記号でも各単語で違っていることもあり、あまり当てにしてはいけないと思っていた。しかも種類はさほど多くないものの、テスト対策のために発音記号も合わせて覚える必要があるので、第二外国語である英語と、まるで第三外国語である発音記号を両方覚えなければならないことが何より理不尽に感じた。

 そう言えば、小学校低学年で来日した自分が日本語を習得していくプロセスを比較的覚えている。学校で同級生たちに「ばーか、あほーっ!」などとからかわれると、”耳で聞いた発音”を自宅に帰るまで覚えていて、日本語ができる祖父の前で”そのまま”発音して意味を尋ねた。だいたいにおいて祖父は冗談めかして訳したので、『当てにならない爺さんだなぁ…』と子供ながらに呆れていたが、祖父なりの”優しさ”だったのだろう。子供の前であろうとなかろうと、保険のセールスレディほか女性なら誰でも口説いていた祖父の姿に、威厳など全くなかったが、祖父が他界してからは子供の自分を守ってくれたこと、のびのびと育ててくれたことに思いを馳せるようになった。

 グローバル社会にあって言語の問題が、ますますクローズアップされているようだ。学習指導要領が改訂され、小学三年生から英語を学び始める方向で検討が進んでいるらしい。

www.nikkei.com

 それにしても安部首相らはアメリカからALT(外国語指導助手)を多数雇い入れて、トランプ大統領のご機嫌でも取るつもりなのだろうか?それとも何の具体的な段取りもなく、現場の教職員たちに、この改訂に伴う負担を押し付けるつもりなのだろうか?”英語にまつわる政府政策”が功を奏した事例など寡聞にして知らない。池谷氏が指摘するように「先入観は新しいことを学習する妨げになる」。大人の"先入観”が子供たちの”学習”を妨げなければよいのだが…。今の子供たちを取り巻く状況を傍から見ていると、自分なら”窒息死”しただろうなあと思えて気の毒でならない。。。

 

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『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』特設ページ(日本人が読み上げた例文と、ネイティブスピーカーが読み上げた例文との聴き比べ)

※ちなみに本書の挿絵と、この付録音声の日本人代表として協力したのは池谷氏の奥様