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のんびり寄り道人生

何とかなるでしょ。のんびり生きましょう

ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー

 ドキュメンタリー映画監督・作家の森達也「ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー」を読んだ。

amzn.asia

 当初、TVドキュメンタリーとして制作するつもりだったが、テレビ視聴者向けとしては画になる映像がなく、内容も地味過ぎる企画だという判断で、どのテレビ局、制作会社からも断られたという。それでもこのテーマが諦められず一人取材を進めていくうちに、この企画はむしろ活字での発表こそが相応しいと考えるように至ったのだというから、本書は森氏にとってよほど思い入れの強い一冊なのだろう。

 私にとって学校で習った歴史は全く興味が持てなかった。昔の人たちがどういう風に暮らしていたのか(民俗学、風俗史)など、もちろん部分的には面白かったのだが、「結局、人間の歴史って戦争の歴史なんだ・・・」ということに気づくと、何だか一生懸命に「歴史を学ぶ(覚える)ことが虚しくなった。「誰が勝って、誰が負けたか」そんなことは自分にとって何も関係ないし、どうでもいいことだ。今も昔も”争いのない世界”をスローガンに掲げながら、行動は真逆のことをやっているケースも散見される。歴史という”つまみ”は噛めば噛むほど味わい深く、酔っ払いたちが不毛なやりとりを続けるには持って来いのテーマなのかもしれない。

 ようやく「歴史は繰り返す」ことの本当の意味や重要性を、「現在」や「未来」につなげて少しは理解できるようなってきたが、基本が冷めたスタンスなものだから、あまり気乗りしないまま本書を読み始めたことを告白しておく。

 だが本書を読み進むにつれ自分でも驚いたのだが、懸念していた”アレルギー”は全く出なかった。きっとガチガチの歴史家によって書かれた専門書ではなく、「歴史が得意ではない」森氏によって書かれた、事実から掘り起こした”創作”だからだろう(この点は森氏の一貫したスタイルだ)。恐らく歴史マニアの方々にとっては事実検証が不十分、推論・空想に過ぎない等の不満が残るかもしれない(そこは森氏自身がよく承知していて、あとがきで言及している)。それにしても20世紀初頭の実在した人物たちに”息吹き”を与えた、メッセージ性の高い作品だ。

 今に始まったことではないが、日本を取り巻く世界の動きが大きく変化している。記録された歴史だけが全てではないし、人々の証言や記憶は(意図してかどうかはさておき)移ろいゆくものだ。事実かどうかの検証にどれほどの意味があるのか、突き詰めていくと結構難しいが、とりあえずできる範囲でやるしかない(そうでもしないと前に進まないことがある)。可能な範囲で検証された事実関係の中から、過去を「冷静に」見つめる眼差しは、今をより良く生きるための脳内トレーニングにもなる。同時代の”渦中”にあって「冷静に」なれる程、多くの人間は強くない。(以下、『ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー』より一部抜粋)

 フランス植民地下にあった祖国を解放するため、王位を継ぐ代わりに、独立運動に身を捧げたクォン・デ。革命家ファン・ボイ・チャウとの運命的な出逢いによって、1906年希望に燃えて日本を訪れ、やがて個性的な日本人との交流が芽生える。

 

 クォン・デが来日してから第二次世界対戦が終結するまでの裏面史を描くことで、現在のいびつな日本の姿を、光源から距離を置いたスクリーンに浮かびあがる映像のように際立たせることは、当初の意図のひとつだった。日本という国家共同体がアジアに暮らす他者への想像力を停止して、侵略や略奪を組織的に実践していたことは紛れもない事実だろう。そしてあの戦争がきっかけとなって、欧米列強に抑圧され続けて来たアジア諸国が、独立へのステップを駆け上がったこともまた事実だ。思い切り短絡して書けば、現在の日本における左と右の論争は、このどちらが事実として正しかったかと言い合うことに収れんされる。だけど結局、当初の僕が抱いたこの視点と目論見は、主語を国家という組織共同体そのものに置くという無自覚さと結局のところ同列なのだ。侵略や略奪も事実だし要は黒か白ではない。

 

 要するにこの時代の世界観は支配する側とされる側との単純な二極構造だったのだ。「ヨーロッパの学生はアジアの屈辱」(『東洋の目覚め』)と宣言した岡倉天心が「東洋の兄弟姉妹」の覚醒を希求したように、当時のアジア全域は、欧米列強に対置されるひとつの被支配民族だった。

 但しもちろん欧米列強に対しては一枚岩でも、天皇を擁する日本がアジアのヒエラルキーの頂点にあることは、彼らの意識においては大前提だった。その意味ではアジア主義が、この後に続くアジアへの侵略を正当化する大東亜共栄圏思想の母胎となったことは否定できない。 

 

 玄洋社の主力メンバーたちのほとんどは、大陸浪人としてアジアを放浪した。様々なアジアの革命家たちと直接触れ合い、膝詰談判し、時には肩を組みながら泥酔するうちに、日本民族の優越性などという虚構がいかにバカバカしい作り事であるかを、彼らはつくづく実感したのだろうと僕は想像する。

 そしてこの一点にこそ、玄洋社の最大の特質があり、見落としてはならない価値がある。理論や思想よりも「情」なのだ。個人と個人との付き合いの過程で、認め合い尊敬し合い、同じ悲嘆や希望を共有するようになったのだ。そう考えなければ理論的にはアジア主義の理念が形になった満州国設立の式典を欠席した頭山の真意は絶対につかめない。