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中学校夜間学級

  公立中学校の夜間学級(いわゆる夜間中学)をご存知だろうか?中学校夜間学級とは、市町村が設置する中学校において、二部授業が行われる学級のことである。そこでは様々な事情からほとんど学校に通えず、実質的に十分な教育を受けられないまま卒業した人、少なくとも12万人以上いるといわれる義務教育未終了者、外国籍の人たちなどが学んでいる。卒業生たちには、高校進学、就職などの進路が開かれている。

 平成28年4月時点で8都府県25市区31校の中学校に夜間学級が設置されているそうだ。平成26年5月1日現在の実態調査によると、1,849 名(うち外国籍 1,498 名、81%)の学齢超過者のみが在籍しているという。 ちなみに運営母体が公立中学校ではない、いわゆる自主夜間中学・識字講座等には、不登校等により義務教育を十分に受けられなかった義務教育修了者も学んでいるそうだ。

nettv.gov-online.go.jp

 

  そんな中、平成28年12月、平成29年1月に、以下2つの教育関連法が成立した。

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平成28年に成立した議員立法衆議院提出)
義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(法律第105号)

不登校児童生徒に対する教育機会の確保、夜間中学における就学機会の提供等を総合的に推進するため、教育機会の確保等に関する施策に関し、基本理念、国及び地方公共団体の責務、基本指針の策定その他の必要な事項を定めるもの

義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律の公布について(通知):文部科学省

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 この法律は、引きこもりや民間のフリースクール任せになっていた不登校児童らを、従来からある夜間中学校の増設によって一堂に集め、教育・就学機会の選択肢を増やすことが目的のようだ。これまでは調査研究と称し、本格的な対応策を取ってこなかった文科省だが、2015年10月~2016年8月に文部科学大臣教育再生担当大臣を務めた馳浩(はせひろし)衆議院議員をはじめ、超党派議員連盟の強力な推進力によって、この法律が成立したそうだ(この経緯については後述するを講演動画を参照)。ちなみに馳氏は高校国語科教諭を経て、ロス五輪レスリングレコローマン90kg出場後、プロレスラーになった異色の経歴の持ち主だ。いくつか馳氏の講演動画を観たが、芸人の間寛平さんをマッチョにしたような親しみやすい”熱血先生”だった。

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第193回国会における文部科学省成立法律(平成29年1月20日~)

義務教育諸学校等の体制の充実及び運営の改善を図るための
公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の
一部を改正する法律の概要

http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/kakutei/detail/__icsFiles/afieldfile/2017/03/29/1383845_01.pdf

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 そして、馳氏と共に、これらの法律の成立を推進したのが、前川喜平・前文部科学省事務次官だ。前川氏は福島の夜間中学のボランティア活動ほかプライベートにおいても「教育を受ける権利」の不備を、あるべき理想の形に整備するべく、今も熱心にボランティア活動に勤しんでいるようだ。

 前川氏の長年の活動について調べれば調べる程、教育に熱い思いを持つ”信念の人”だということがよく分かる。読売新聞に「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中、平日夜」とスキャンダラスに報道されたことに対して、「少女たちの貧困調査が目的だった」旨、前川氏は何ら恥じることなく答えているが、彼の人柄をよく知る人のインタビューによると、「彼なら貧困調査目的で、そういう現場に飛び込むことも十分ありえる」ということだった。ジャーナリスト・神保哲生氏のインタビューで「本当に貧困調査目的だけだったのか?」と追求されても、「女性とのおしゃべりは楽しかったですよ」と、付け加えるにとどまった。何も疚しいことはなかったのだろう。

 ところで、埼玉県にある川口自主夜間中学の協働事業として開催された創立31周年記念集会(2016年10月29日)の前川氏の講演を見た。加計学園問題を巡るマスコミ相手とは違う前川氏の一面、とりわけ教育の在り方に対する只ならぬ情熱と理想が論理的、かつ明晰な言葉で分かりやすく語られており、大変、勉強になった。

 以下、上記講演動画の”義務教育”に関する部分より一部を要約する。

日本国憲法第26条

2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

 

「すべての国民」とある。日本で暮らす人は、すべて国民と考えるべきだろうと思う。この日本国憲法第26条第2項が義務教育、普通教育の規程である。それに基づいて学校教育法で義務教育の具体的な仕組みが作られている。

 一方、学校教育法では、子供が6歳になったら保護者は必ず小学校または特別支援学校小学部に入れなさい、となっている。また小学校が終わったら、中学校または特別支援学校中学部に入れなさい、となっている。(子供が)15歳3月31日になるまで就学させる義務を親は負っている。「中学校を卒業するまで」とは書いていない。原級留置という事態が想定されている。例えば中学生を2回やることはありうる。学校教育法の条文をよく読むと、15歳になっても小学校を卒業していない事態は想定されている。いずれにせよ「15歳になるまで小学校・中学校または特別支援学校で教育を受けさせなさい」ということ。これが法律上の義務教育の仕組み。

 ここで問題になるのは、日本国憲法第26条第2項は「”普通教育”を受けさせる義務」と書いてある。「”小学校教育”、”中学校教育”を受けさせる義務」とは書いていない。ところが、学校教育法は「小学校・中学校または特別支援学校に通わせなければならない」と書いている。それ以外で学ぶ場合は義務教育にはならない、と。つまり憲法が言っている普通教育は、小学校、中学校、特別支援学校が独占している。それ以外のところに普通教育はない、と。これが学校教育法の考え方。従って、この自主夜間中学校は中学校ではない。ここに通って学んでも義務教育を受けたことにはならない。

 しかし繰り返しになるが、憲法は「学校に通わせよ」とまでは言っていない。「普通教育を受けさせなさい」と言っている。つまり学校の外に”普通教育”があっても憲法違反にはならない。憲法は許容している。

 今、議員立法で進めている「教育機会確保」法案は、不登校の子どもたちについて学校外の普通教育を認めよう、という思想に立っている。その思想は戦前もあった。明治時代、小学校令というのがあって、小学校教育の基礎として機能していた。小学校令の中には「学校の外、家庭などにおいて行う義務教育を認める」という条文があって、学校外の教育を認めていた。その制度をなくしたのは1940年(昭和15年国民学校令。小学校が国民学校に改称され、国家総動員体制の中に組み入れられた。その際に国民学校以外の学校に行くことを禁じた。その時、原則私立小学校も禁じられた。しかし現に私立小学校に通う子供がいたので、当面は存続を許すが最終的にはなくす、と。いわんや、学校の外の普通教育はふさがれた。そして全部国民学校に統一した。そういう国家総動員体制の元、国民学校が就学義務を厳格化したわけだが、それを今の学校教育法が引き継いだ。学校外の普通教育は認めないという考え方で来ている。

 しかし、どうしてもそういう学校という仕組みになじめない子がいる。不登校の子供が減らない。ずっと12万人前後で推移している。ほとんど学校に来ていない子供が相当数(1割くらい)いる。そういった子供のための学びの場をどのように確保するのかが課題になっている。国民学校令のような戦時体制がまだあちこちで残っている。経済学者の野口悠紀雄氏が”1940年体制”と呼ぶ”国家総動員体制のための仕組み”が21世紀になっても生き残っている。

 そもそも普通教育とは何だ?だいたいは小中学校の義務教育にあたるもののことだが、高等学校にも普通教育はある。普通教育という言葉は、かなり幅の広い言葉。少なくとも共通の同じ教育と考えてはいけない、個々人に応じてふさわしい普通教育があるという意味で考えるべきだ。

 義務教育の義務について。憲法は、国民がその保護する子女に対して負っている義務として書いている。しかし、そもそも人権保障なので、中核となる義務教育を受ける権利を保障する義務は国にある。法律には明示されていないが、その義務が国および地方公共団体にあることは明白。国および地方公共団体は、特に義務教育の機会を保障する努力を怠ってはならない、と思っている。

 義務教育は子供が学校に行く義務だと思っている人が多いが、それは違う。子供が学校に行く義務を負ってるのではない。子供がちゃんと行くことができる学校を用意する義務が国や地方公共団体にある。親には子供を学校に通わせる義務がある。子供が学校に行くというのは義務ではなく、権利である。子供はあくまで権利者だと考えるべきである。親(保護者)の義務は、子が15歳3月31日になれば免除される。しかし国民の権利(つまり人権)である普通教育を受ける権利に年齢制限はない。年齢の限界はない。従って、いくつになっても教育を受ける機会を保障していくというのは、国および地方自治体の責任として残っていると考えている。

 法令に基づいた行政の複雑な仕組みも前川氏にかかれば、実にすっきりと整理されて分かる。もちろん現実は厳しく、憲法がうたう理想と矛盾する諸問題が山積しているが、この会を主催する自主夜間中学の運営ボランティアのような、志のある人達によって一つ一つ解決に向かっていることと思う。

 38年間の輝かしき官僚人生を、このような形で終えることになった前川氏の思いは、どのようなものなのか?少なくとも菅官房長官が前川氏を評して嫌味たっぷりに述べた「地位に恋々としている」風には、とても思えなかった※。前川氏は、あるインタビューで、心ならずも現政権に楯突く告発者となってしまった今、リスクは感じないのか?と問われ、「僕は楽観主義者ですから。まさか命までは取られないでしょう」と、のほほんとした面持ちで答えていた。本物のエリートが放つ”矜持”を感じた。

 ※本講演会(2016年10月29日)の冒頭でも「来年には文科省を辞めている」と冗談めかして言っている。