のんびり寄り道人生

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先生の白い嘘

 鳥飼茜著『先生の白い嘘』(8巻完結)を読んだ。(以下、ネタバレ含む)

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1巻からの試し読みは、こちら。以下、同サイトより、あらすじ。

原美鈴は24歳の高校教師。 生徒を教師の高みから観察する平穏な毎日は、友人・美奈子の婚約者、早藤の登場により揺らぎ始める。二人の間に、いったい何があったのか? ――男と女の間に横たわる性の不平等をえぐる問題作、登場!

 本書は”男女の性差みたいなところ”について、じっくり考えさせてくれる傑作だ。久しぶりに深沢七郎の小説『楢山節考』に匹敵する衝撃を味わった。両作とも表立っては口に出すことが憚れる、重いテーマを扱っているわけだが、方や”小さな寒村”、方や”高校周辺”という”狭い村社会”を舞台に設定したことで、濃密な人間の関わりの中で揺れ動く、個人の心の動きがつぶさに表現されていて、なかなか味わい深かった。何より画がいい!一重の”醤油顔”と、二重の”ソース顔”がキレイに描き分けられていて、登場人物たちの個性に、すっかり魅せられてしまった。それにしても、よくここまで多様な考え(ポリシー)を”盛ったなぁ”と、作者の”野心”に感心する。エロスを題材にしていて時には過激な性描写もあるので、まぁ、そのような愉しみ方もあるのだろうが、やはり自己の体験と重ね合わせながら読むことをオススメしたい。ちなみに登場人物は女性が圧倒的に多いので、男性読者にとっては自己を投影できる分かりやすいキャラクターは少ない(か全くいない)かもしれない。だけど、本作を丁寧に読み進めていけば、男女問わずテーマの普遍性に気づくはずだ。

 主人公・美鈴は友人・美奈子の婚約者・早藤にレイプされて以来、心療内科に通院する程、ひどく体調を崩している。だが、主治医である女医にすら”その原因”を語ろうとしない。ただ「睡眠薬が欲しい」とリクエストするばかりである。また友人・美奈子とは心を通わせることもなく、うわべだけの友人関係である。美鈴の言葉は”白い嘘”(他愛のない嘘、あるいは、その方が良かれと思ってつく嘘)で満ちていて、読者は”吹き出し”の外に描かれる”心の声”や独り言で、ようやく彼女の本音を知ることになる。ちなみに美奈子も美鈴に対して度々嘘をつく。だが、こちらの嘘は”白く”ない。常に自分を優位に立たせたいための嘘である。このあたりの微妙なニュアンスの違いが場面ごとに描き分けられている。ともするとドロドロした女どうしの”嘘つき合戦”が、なぜか品よく軽いタッチで描かれており、巧みな風刺画を読むような感覚になるから不思議だ。主役、脇役問わず登場人物たちの言動を目で追うたびに『そういえば自分の周りにも、こんな子いたな・・・』と既視感が現れる。きっと作者のこだわりだろう、現実にいそうな徹底した”女のキャラクター”づくりと、ぐいぐい読ませるストーリー展開、軽妙なのに哲学的で時に胸に刺さるセリフまわしに、ページを繰りながら、ただただ唸るしかなかった。同じ作品を何度も読むことは滅多にないのだが、視点を変えるため”肩入れする”登場人物を毎回変えながら何度も読み直した。そのたびに新たな発見があった(隅々まで読みすぎて誤植まで見つけてしまった…)。

 おかげで個人的な忌まわしい体験もいくつか思い出してしまったが、本作はいろんな切り口で語れる、話の”種”になる、論争を呼ぶ作品だと確信した。今でこそ私も中年になって心穏やかに過ごしているが、(これまた女として生まれた性なのか…)幼児虐待、痴漢、セクハラなど一通りは経験済みだ。だからこそ「レイプは魂の殺人」だというのも頷ける。だが、レイプされた美鈴は自分が被害者であるにも関わらず、「自分にも”非”があった(レイプを誘発する行動を起こした)」と思うようになるのだ。その点がしばらく引っかかったので、彼女の立場になったつもりで思いを巡らせてみた。

  • 美鈴は内気な性格だから全てにおいて自分が悪いと考えていたのだろうか?
  • とっさのことで美鈴の脳は混乱し、論理的な思考がついていかず事実関係を誤って捉えてしまったのか?
  • 自分の身に起こったことに何か”理由”や”因果関係”をつけざるをえない程、ショックが大きかったのか?(心理学でいう自我防衛機制

 ちなみに美鈴が”レイプを誘発したと思った行動”というのは、(美奈子が不在中)美奈子の引越し作業を手伝っている最中にアルバムを倒し、そのはずみで、そばにいた早藤が接近してくるすきを与えてしまった行動を指すのだろう。通常、第三者の立場なら美鈴に”落ち度”がないことは明らかだ。しかし被害者にとっては突如、我が身に降り掛かった、あまりの理不尽を”論理的に正しく理解する”には、相当の時間がかかるのだろう。これらの急場において自分に起きたことを自分に納得させ、忘れがたい事実を何とか受け入れるために、私たちの脳は、”つじつま合わせ”、”でっち上げ”をすることがあるのかもしれない。自分の経験を通して思い巡らした結果、その推測が私には一番しっくりくる。

 少し逸れるが、現在、アメリカのハリウッドを中心に「Me too」運動が各分野の重鎮たちの”悪行”を糾弾している。日本でも元TBSの政治記者でジャーナリストの山口敬之(やまぐちのりゆき)氏が元・ロイター通信勤務のフリージャーナリスト/カメラマンである伊藤詩織さんから告発されており、政府ぐるみの”もみ消し疑惑”が超党派の議員たちによって追及されている。

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 これらの記事を読むと、自分に与えられた権利をきちんと主張できるであろう聡明な女性たちですら、自らの屈辱的な被害を公に口にするまでには相当な勇気・決意・覚悟と時間が必要だったようだ。(このことは女性に限らず男性やLGBTの被害者にとっても同様だろう)。こうした声があちこちで上がり、世界中に広がっていることで、”性の格差”や”男性が内包する暴力性”を人々にはっきり認知させたことは、やはり意義深いと思う。性別に限らないことだが、”種類の異なる者”同士が平和に共存していく過渡期にあっては、通過儀礼のような”歴史の一場面”のようにも思われる。

 連日報道されている痴漢、ストーカー、強姦、その他もろもろの性にまつわる不祥事。多くは男性が加害者であると思われる。もちろん男性が皆、暴力的なわけではないし、性暴力とは無縁の男性も多い。ここに1つの重要なトリックがあると思う。これらの事実をもって単純に「男が悪い」と決めつけてはいけないということだ。本書で作者は男性キャラクターに「女は弱い。なのになぜ(自分を)守らない?」、「そこは怒るところだろ!(そんなことされたら)即通報しろ!」というようなセリフを言わせている。そう、男性を非難する前に、まず女性がすべきことがあるのだ。もちろん理性を欠いた”野獣”の前ではどうしようもないし、”短いスカートを履いて安易に男性を挑発しない”というようなことではない。

 さて、本書が問いかける”女性目線の”きわどいメッセージを、男性読者は一体どのように受け止めているのだろう?恐らく作者の鳥飼氏が一番気にしているのは、”男性目線”での評価だろう。(以下、鳥飼氏のインタビューより)

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――どんなところに一番時間を割いているのでしょう

鳥飼 一番は、「男性の性」について照らし合わせることですね。この作品は男女の性の性差みたいなところに焦点を当てていますが……男性から見たセックスというものが私にはわからないわけなので。けっこう赤裸々な話をしています。

――男性のリアルな生態を踏まえながら描くというのは、初めての試みですよね。

鳥飼 そうですね。でも、いくら男性の意見を取材しても、結局私は女目線でしか描くことはできないので、ここに出てくる男性はやっぱりファンタジーではあるんです。ここで言う「ファンタジー」はよく使われるロマンティックな意味ではなく、「想像上の」みたいな意味ですが。それなりにがんばって男性の声を聞いて、想像上の「日常」を描くけれども、リアルの追求とはまた別だと思っていただければ。

 本作に続く鳥飼氏の最新作は、高校の臨時教員と風俗嬢との恋模様だという。普遍的な性をテーマに据え、新刊を次々に発表している鳥飼氏から目が離せない。

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